『STILL ECHO』@METRO 5/13

区切られた街の空に雲は無く、鳴く虫の音、甍の波間に揺れる柔らかい白。埃を降らせたプレイヤーの肢体に指をすべらせ、そのままカセットテープを再生させた。この街にどんよりと漂う穏やかな風情とはひたすら不似合いな米国南部のラップ音楽が流れた。その忙しないナマムギ口調に深く耳を貸す事なく、私は部屋の真ん中にごろんと横たわった。強い陽射しの雨は容赦なく降り続いていた。
夕暮れ。入り組んだ路。暗転のパノラマに不意をつく花火。
その日の催しの開演時刻に合わせ、余裕を持って部屋を出た。錆が目につき始めた自転車は、奇妙な音を立てながらも軽快なリズムで街路樹を次々と背景へと変えていった。会場に着くと入場を待ち詫びる聴衆が既にとぐろを巻き始めていた。私も飲み込まれるようにそれに加わり胴体を形成した。
闇と人が犇めく場内で音楽会は繰り広げられた。故障したようなノイズ。忙しない電子音の喧噪。斬新なダンシンミュージック。
或アーチストの演奏が終了した幕間の事であった。微熱を帯び始めていた体を畳み休ろうていた私の左耳が聞いたのは、音で表現する事の必然性を問う内容の会話だった。私は感心と共に上着を羽織り、右の耳に残響するスロウテンポなリズムに合わせ、ゆっくりとボタンをかけていった。
夜が深くなり聴衆の殆どが躁病患者と化したクライマックスが訪れ、プログラムは終了を迎えた。会場を包んでいたテンションはまるで空気の抜けていく風船のように緩やかに萎んでいった。私は、汗と香水と煙草の煙から成る空気から逃れるようにして夜の外へ出た。
無音の街に自転車の軋む音を響かせながら月の真下を走った。限りなくブルーに近い透明な空気は、衣服についた様々な匂いを少しづつ薄めていった。
部屋に着くなり、いつもの空虚が疲れきった身体を迎え入れた。私は、まだ感覚のおかしい聴覚のままレコードに針を落とした。網戸から入り込んだ夜明けの風は部屋を青白く染め始めていた。
‐inspired by FUN CLUB ORCHESTRA JAPAN, SILICOM, VERT, MICROSTRIA, MOUSE ON MARS (sounds), and MOTOJIRO KAJII (rhetoric)‐