乾燥剤

その夜は確か....とても寝苦しい夜でした。枕の近くにブロックが置いてあるんですけど、それに思いっきり寝返りをうって額を打ってしまったんです。「....ッツッ....血ぃ....血ぃ....」とか言いながら何度も額に手をやって流血の無いことを確認したりしてまた不快な眠りに堕ちて行きました....その事だけはよく覚えています。
翌朝、ええ、日曜日ですが、私は八時頃に一度目を覚ましました。カーテンの隙間からとても綺麗な青空が見えていました。「フワァ〜....やっぱ今日は大阪行こかな....」。などと思いつつ空っぽの冷蔵庫を開け、その中に一人突っ立っている生茶の胸ぐらを掴み、ゴクゴクと勢いよく飲みました。まだその時は体の異変に気付かずいつものように得意の二度寝を決め込んだのです。
次に目を覚ましたのは十時頃だったでしょうか。今度はすぐに体の異変に気が付きました。首、肩、背中、腰、数えあげたらキリがありません。爪先から旋毛風、基、旋毛まで体全体がイタイのです。しかし。「あー、ダルいなぁ〜」。恥ずかしながら私はこんな一言でこの体の異変を片付け、原因を不完全な二度寝のせいだと決めつけてしまったのです。
それから私は何をするでもなくボ〜っと、気怠い部屋の空間に溶け込んだまま二〜三時間の時を刻々と飲み干しました。体の痛みはまるで取れません。「これはちょっとアカンわ....」。私は大阪行きを諦め、取りあえず、お腹が空いていたので食料とMDとシャンプーの詰め替えを買いに外に出たのです。
買い物を終え自転車に乗って家に帰ろうと、ペダルに足をかけたその瞬間でした。
「ハッ...か、風邪?....」。
私はとうとう、今、この状況、事の真相、万物の真理、を目の当たりにしたのです。私は、今までそれに気付かなかった己の愚鈍さと、肉体の地獄より沸き上がるこの上ない不快さに、顔面を蒼白に染められながら約束の地(部屋)へと急いだのです。
私は約束の地の前に何とか辿り着き、案の定、最後に探ったポケットから鍵を取り出し、まるで死者を迎え入れる為だけに置かれたかのようなドア(その重さ世の常の五百倍)を開け、烏や蜘蛛の巣や明日が跋扈するこの世の果てに踏み込んだのです。私はおよそ六秒でその準備を整え(買った物の整理、靴下脱ぎ等)、見えない重力に口づけをするかのように目を閉じたまま真暗の底に倒れ込みました。そして私は、虚空を見つめていました。虚空を見つめていました。虚空を見つめていました....
私は長い間睡魔を待ちました。しかし一向にそれが現れる気配がありません。体全体の痛みは頭をも侵食し始めました。私は音楽を流すことにしました。
決定的、決定的
私は全曲聴き終えた後に、更に頭痛が激しくなってしまった事を悔やみつつ、「誰が風邪で苦しいときにブルーハーブ聴くねん....」と、ノリ突っ込みにしては遅すぎる突っ込みを懸命に吐き出しました。頭は朦朧としています。その後、私は借りているねこぢるの漫画を徐に読み始めたのです。
記憶は....確かではありませんが、私は再び外に出ています。日は完全に落ちていたのでそれは八時以降だと思います。私は近所のコンビ二で滋養強壮飲料を二本と、熱さまシート、プッチンプリン、コーラ、さくら餅等を無意識のうちに買っています。私は腹にその内のいずれかを入れ、薬を飲んでまた体を横たえたのです。しかし流石にそう何度も眠る事は出来ません。体は得体の知れない何物かに蝕まれ続け悲鳴を上げています。
しかしこの時、頭は、意識だけは、不思議なほど高く澄んだところにありました。そこで私は迂闊にも色々と考えてしまいました。死ぬ方法、その場所、死の瞬間(死ぬ瞬間)、つまり、全てが消え、全くの無の状態、悔恨も後悔も何もなく....
おい、お前、お前が生きている事に何の意味がある? お前が死んだところで何がどうなるわけでもない。お前に理由はない。人間なんて愚かな生き物だと思わないか? 奴らは皆自分が何をしたらいいのかさえわからなくなっているのさ。お前も奴らの作る行列の後に付いて行くのか? その先には何がある? 偽善者どもが作りあげた愛と平和の城だ。お前の目指す場所はそこではないだろう? お前は自分が何をすべきかわかっているはずだ。クソ人間どもにハメられ続ける事を美徳とするか? いつまでこの偽りの世界に身を留めるのだ....
翌朝、私は何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見しました。「何じゃこらぁ〜っ」と私は思いました。夢ではありません。見回す周囲は小さすぎるとはいえ、とにかく人間が住む普通の部屋、自分のいつもの部屋でした。