手

左手の左から2番目の筋の辺りに、ポチッと怪我痕があるのが確認できるだろうか。これは三週間程前、鉄の扉こと鉄扉でおもいっきり詰めた傷痕である。これはめちゃくちゃ痛かった。ちぎれた、と思った。複雑に何かが変な風になってしまったと思った。泣いてやろうかと思った。あんなにうずくまったのは久しぶりだった。左手ブラーンを覚悟していた。しかし、そんな期待と不安をよそに、左手は打撲みたいな感じで、へたしたら数十分後には素に戻っていた。まあ、でも明日になったら真紫みたいになって痕残るだろうなぁと思っていた。翌日、手を見てみると、この写真くらいのポチがそこにひっそりと佇んでいた。人に「これ、傷・・・」と自ら言って、しかも傷痕を指差して教えなければ、主張しなければ何も伝わらないくらい、消極的な傷痕がそこにはあった。あれだけ痛かったのに、いつも一緒に居たかったのに、微かな面影だけを残してあの子はすぐに去っていった。手が冷えきるとその傷痕は神経を摩るような痛みを呼び起こす。


昨日、左肩を痛めた。めちゃくちゃ寒かったのに薄着でちょっと近所まで自転車で出掛けていて、で帰ってきて早く部屋に入りたいからアパートの階段をいちびってダッシュで駆け上がった。手もしっかり振っていた。その手の振りはカール君を想像していただければわかりやすいかと思う。その一連のいずれかの動作の中でそれは起こっていた。部屋に入ると、左肩に猛烈な違和感を感じ始めた。「これはなんだこれは・・・」と思っていると、もう左肩は激痛そのものと化し、私はその場に崩れ落ち頭を床につけて、まるで宗教的儀式のような、新しい祈りのような体勢でそのまま膠着した。死ぬほど痛い。ちぎれた、と思った。外れた、と思った。脱臼だと思った。頭の中では千代の富士が脱臼したシーンがフラッシュバックしていた。病院だと思った。病院行きだと思った。左肩の熱い熱い痛みを堪えながら、もうさようならだと思った。さよなら言わなきゃ、と思った。その体勢のままで、冷静と情熱の狭間で、私はもがき苦しんでいた。5分後、左肩から痛みは消えていた。私はゆっくり肩を回した。ちぎれていた左肩はしっかりと繋がっていた。外へ出て、冷たい風が左肩を掠めると、あの痛みの匂いが微かに舞い上がる。